pi22naのブログ

pina's Novel

華 -1-

 
 ' 
僕らが出逢ったのは
寝苦しい真夏の夜だった。
 
その時僕の右腕は既に、
消えない哀しみのせいで
明ける前の空のように蒼く染まり

君の左手爪先には
赤い華がポツポツと咲いていた。
 '
 
yori

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21xx/8/10
 
彼と出逢ったのは、暑苦しさで眠れなかった夜だった。考え事が頭をグルグル回り、寝苦しさで身体を左右に揺らして、とうとう眠れず兄の病室へ忍び込もうとしていた。とにかく一人で居るには耐えられない夜で。
 
時刻は夜中2時を回った頃。絶対に誰もいないと思ったのに、
突然背中に気配を感じ、とんでもなく驚いた。
 
「へっ…!?」
声が出そうになる私の口は大きな手で押さえられ、息ができない。
「シー!シー!監視員にバレるだろ…!?」
 
(???やだ、…なに、だれ?????)
落ち着く様に言われ、顔を見上げると…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(……あぁ、’天の川の人’だ)
そこに居たのは見た事のある顔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
デザイナーベイビーは基本的に美しい外見を持つが、
彼は飛びぬけて端麗な成功例だった。
 
瞳はエメラルドグリーン、
髪は金に近いブラウン。
 
私の入院が決まった日からずっと存在を知っていた。
身長がスラッと高く、美しい顔立ちは院内でも至極目立つ。
 
 
腕に鮮やかな青い天の川が描かれていて、
それが彼の症状だと知ったのは、初めて話したその日。
 
「綺麗ね」
声をかけると
 
「そう?病的だろ」
ため息まじりに吐き捨てた顔が絶望に包まれていた。

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「ほら見て」
彼が腕まくりをして見せたのは
 
 
 
 
 
腕に広がるブルー
 
散るゴールド
 
首に滲むグレー
 
左掌にはホワイトの斑点
 
 
 
 
 
「…これが貴方の症状?」
 
タトゥーのように描かれたそれは
”特殊児童心的皮膚変色症候群”
 
感情の変化によって身体の一部を変色させる病気が
紛れもなく、彼の身体を蝕んでいた。
 
 
「気味悪いよな?参った、親も触りたがらないし」
 
 
’ 擦っても取れないんだよ ’
そう言って喉を詰まらせながら笑った。 

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「…綺麗なのに」
私は彼の手をとり、花が咲く自分の指先で腕に触れた。…どう見ても、美しい天の川が描かれているだけなのに、そう思うのは私だけだろうか。
 
紺碧より薄い夜明けの濃空色、
星が散らばるそれは銀河そのもの。
 
指でなぞりながらマジマジと眺めた。
「星って触れるんだ。
ついでに願いも叶えてくれないかな…」
 
なんちゃって、
 
笑って顔を上げた瞬間
彼の瞳から一滴の涙が零れた。

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「君の…名前は?」
「…スウ」
「俺はヨリ」
 
鼻声で名前を言うと、彼が眉ひとつ歪めず
蛇口を捻ったようにポロポロと瞳から涙を溢れさせた。
掌で不器用に拭ってあげるけど、止まらないみたいだ…
 
「どうしたの?」
ヨリは首を横にブンブン振って話してくれた。
 
 
 
 
 
 
「感情を殺せば…色は消える筈なのに、
母さんを怖がらせる事もないのに、
 
凄く哀しいんだ、ずっと。
 
その感情が消えないから、
俺は蒼いままで…そういう病気で…」
 
 
 
 
 
 
掠れた声で落ちる言葉はとても悲しかった。
 
’ 俺は親不孝だよね ’
瞳を潤ませるヨリを見ながら胸が痛んで
 
「そんなことないよ、綺麗だよ」
 
 
あぁ、もっと
気のきいた言葉が言える私なら
 
貴方を救い出してあげられたのに

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21xx/8/15
 
髪色が抜け始めたのは
彼に出逢ってから、すぐだった。
 
「症状のひとつです」
先生がそう言ったから、そうなんだろう。
 
 
 
 
 
 
 
ああもう、
 
ますます隠したい。
 
 
 
 
 
 
夏の暑さに負けてしまって
キャミソールと短パンに着替えた。
 
なるべく布を纏わずに居られる場所は?
人目を避けるには?
どこへ行けば良いのだろう?
 
キンキンに冷やした水を持ち
ソーダのアイスを咥えたら、
 
裏口の直ぐ出た階段に座り
ラジオをつけた。
 
ふんふん、なかなか良いみたい♪
 
と、思ったのに
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「スウ?…驚いた、イメチェン?」
 
 
 
 
 
 
 
 
どうして、たった1日で
 
選りによって
貴方に見つかるなんて。

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21xx/8/17
 
数日経つと、マチマチだった髪色が
いよいよ鮮やかな朱色になった。
 
(爪に咲いた花と同じ色だ…)
 
一体どこから植物化してくんだろう?
先端から、と先生は診断したっけ…
 
 
 
人目を避ける私の手を取り、顔を覗き込む貴方は
まるで美しい物を見るような瞳で
 
「お前は白いから映えるね」って言った。
 
 
 
 
 
 
お願いだからそんな風に微笑まないで、
 
自分が世界で一番
 
幸せなものな気がしてしまうから。
 

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21xx/8/20
 
兄様の病室へ
布を被ったまま訪れた。
 
「どうしたの、暑そうだけど」笑われて
「真っ赤んなっちゃったの」つい冗談ぽく答える。
 
「見せてごらん」
言われるまま布を脱いでみせ、
じゃーん…弱く呟いた。
 
 
 
「へぇ、綺麗な深紅だな」
「…そう?病的でしょ」
 
 
 
この言葉は出会った日に
ヨリが言ってたセリフ
 
「彼氏はなんて?」
 兄様はヨリを彼氏と呼ぶ。
 
全然そんなんじゃないのに、
父様にもそう言って報告するから正直参ってしまった。
 
「…彼氏じゃないもん」
「ハイハイ、なんて?」
 
もう否定するのも面倒くさくて
 
「…肌白いから、映えるねって」
「…ふーん?」
 
俯きながら、頬を緩むのを隠した。
髪を梳く指先が優しくて気持ちい。

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ガチャン
ベランダの鍵を開け抜け出す。
 
億千の星がパチパチ煌めいて、空は漆黒というよりも紺碧に見える。
いつか兄様と父様と見たプラネタリウムみたい…つい手を伸ばした瞬間

「痛…っ」
指先にまたひとつ、花が咲いた

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21xx/8/25
 
二人で映画を見ていた。
内容はあまり面白くないけど、色彩がとても綺麗。
 
ふと思いつきで
 
「見て、貴方になったみたい?」
わざと映写機の前に立って見せる。
 
色とりどりに体が変色してくような
自分の体じゃない感覚。
 
笑う貴方をよそに、瞳を瞑り考える。
貴方の気持ちが知りたかった、ずっと。
もっと近い存在で居られたら…
 
でもヨリはいつもどおり
 
「何か…お前がなると綺麗」
真面目な顔して
 
「ズリぃな」
冗談ばっかり。

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21xx/9/4
 
歩くたび花弁が舞うようになった。
身体に咲く瞬間、痛むのは変わらなかった。
あちこち咲いた花をルリが見兼ねてパチンパチンと切る。
 
「彼に会わせてよ」
「いや」
「ケチね、一人占めする気?」
「私のヨリだもん。」
「…珍し、あんたがそんな風に言うの」
 
クスクス笑いながらルリは
またパチンッと大きな花を切った。

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病魔が襲ってくるのがわかる。
貴方との時間があと僅かなのも。

'体に花が咲くの'

そう話した時「え、すげぇ」
微笑む姿に息が止まり、それ以上言えなかった。

ねぇ、君が褒めてくれたこの赤い華は
蔦がいずれ内蔵に絡まり
 
心臓を止めるわ。

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21xx/9/7
 
「ヨーリ」
 
ヨリの部屋を覗くと
 
彼が上着を脱ぎ、自分の身体を鏡に映していた。
背中とか首とかの色を見てる。
 
 
「ヨリ?」
「おわ、驚いた、スケベ」
 
そういいながら体を隠す真似をした。
だけどすぐに口元はニヤリと笑い、
「男の部屋に一人で入って来ちゃダメですよ」
鏡にもう一度目をやった。
 
「何してるの?」
「ん、タトゥーみたいだなって」
 
最近背中に
淡いグリーンの線が出て来たらしい。
「だいぶ鮮やかな色になったろ」
 
指でなぞってみた。
流れ星みたいな線。
 
「綺麗ね」
「ふ…お前はいつもそればっかだな」
 
ため息交じりにやんわり微笑む貴方。
この身体の中に
私を想ってついた色もあるんだろうか。

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植物化の病状が進み、
来週から面会謝絶の部屋に移動する。
 
「深刻ですね」と言った医者の言葉で、あと4日しか彼と居られない事を知った。

「スウ」
心配そうに覗き込む大きな瞳に
 
「どうかした?」
ハッと我にかえって
 
散歩でもいこうか、と貴方は
今日も変わらず
私の解けた靴ひもを結んでくれる。
 

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夏も終わったばかりだと言うのに、外は肌寒くて眉を顰めた。
 
「寒い?スウ」
コクンとひとつ頷くと

「魔法…見せたことあったっけ?」

彼が得意げに手を擦り合わせた次の瞬間
私の頬を包んだ両掌が
 
温かくてビックリ。
 

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湖に辿り着いた。
ここまで歩いて来たことは無かったな。
 
目をつむり吸い込む空気。
気持ちいい…
 
「もう少し季節が過ぎれば、真っ赤になるかな」
周りの木を指差してヨリがそう言った。
 
「そしたらまた見に来よう」
「…んー」
「なに、乗り気じゃ無い?あ、寒いから嫌?」
「ううん」
「じゃあなに」
 
 
 
 
貴方はまだ知らない、
あと4日で私達会えなくなる。
 
その後は私きっと
すごいスピードで植物化してく。
 
身体中から花が咲いたら
もう二度と会えないし
 
口に蔦が絡めば
きっともう、話せない。
 
 
 
 
「そんな季節、来ないわ」
「…え?」
「私の髪で充分でしょ?赤なんて」
 
あと4日かぁ…
貴方に伝えてない事はないかな
貴方について知りたい事はたくさんあるし

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「そんなに気になる?髪色」
「ふふ、本当は外に出るのもやだ」
「綺麗だって言ってるのに」
「ヨリしか言わないよ」
 
 
 
犬と遊びながら
ヨリはボソボソと独り言のように
 
 
 
「お前はそうやって自分の美しさにいつまでも気づかないんだな。俺がいつも傍で伝えてたら、いつか自信がつくかな」
 
 
 
聞こえたけど、聞こえないフリをした。
ねぇ、貴方に愛されるのはどんな人なんだろう?
 
きっと美しくて
きっと優しくて
きっと素敵な人だといいな、
じゃないと渡したくないな。
 

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次の日、病棟内がざわついていた。
何があったのか、外に出ようとスリッパを履こうとしたら
足裏に芽が生えて痛みが走った。
 
 
車椅子…お願いしようかな。
 
でもそうしたら
面会謝絶が早まるかもしれない。
 
 
「スウ!」
 
 
顔を上げるとヨリが廊下を歩いて
此方へ向かっていた。
 
「ヨリ!?どうしたの!?その髪…?」
「朝起きたらこうなってた」

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朝、起きたら、?
 
慌てて近寄って髪に触れる。
何故なの?そんなまさか…!?
 
 
 
「う、嘘ばっかり、やめてよ」
「なんで」
「やだやだやだ、なんで?神様、お願い」
「神様?」
 
 
 
声が震えた。
まさか貴方に'感染'するなんて。
近くに居すぎたのかもしれない。
 
私のせい?
私のせいだよね?
移っちゃった?病気
 
 
 
「スウ、落ち着け」
「だって…感染するなんて…!」
「嘘だよ、自分で染めたんだ」
 
 
 
自分…で?
「なんで」
「なんでって、似合うだろ?」

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その悪戯に微笑む瞳と、染液の匂いに
全てを理解してヘナリと足が竦む。
 
「大丈夫?驚かせてごめん」
眉を下げて貴方もしゃがんでくれた。
 
なんでそんなに優しいのかな。
どうかヨリだけでも幸せになればいい。
 
「…バカね」
「バカかな」
 
クスッと笑う
 
「ヨリ」
「んー?」
 
世界で1番貴方を
 
「愛してる」
「…俺も」
 
 
ぎゅうっと抱きしめながら身体を起こすと
椅子に座らせてくれた。
跪いて私の膝をパンパンと払う貴方。
 
赤く染められたばかりの
ヨリの髪を撫でながら泣いた。
 
もしも私達
普通の人間だったら幸せになれたのかな?
 
もしも私達
言葉交わさずに居たら
こんな気持ちにならなかったのかな?
 
「泣かないで」
髪に咲いた花に触れながら
貴方が頬に口付けた。
 

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面会謝絶まであと3日
 
 
今日はルリの部屋でのんびり過ごす。
彼女との時間もあと少し。
 
「ねぇ、ルリ」
後ろから抱きつくと
 
「ん?」
得意の編み物の手を止めずに
優しく尋ねてくれた。
 
「ヨリが髪を赤く染めたの」
何度も同じ話をしてしまう私へ
 
「聞いたわ」
返事さえ優しくて
 
「私のために」
本当に最後なんだって知る。
 
「そうだね」
もうワガママも言えなくなるから
今日くらい良いよね?
 
「愛してると言ったら」
惚気てしまおう
 
「俺もって言ってくれたんでしょう?」
ねぇルリ、やっぱりヨリを
あなたに会わせておけばよかった。
 
 
 
 
「そう、なのに
 
私達が幸せになれる道は
1つだって残されてないの。
 
おかしいと思わない?」
 
 
 
そんな事を言っても意味ないのに
ルリはただ一言
 
「おかしいわ、神様は不公平ね」
そう言ってくれた。
 
 
「ふふ、生まれてこなきゃよかったかな?」
「バカタレ」
ペチンッ、額を叩かれて
「イテ」
 
涙が伝ったのは
ルリの手が痛かったからじゃないよ。
 

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「どうした?」
 
足裏に出来た芽が大きく、
皮膚を突き破って生え始めた。
 
歩けなくてテーブルに突っ伏してる私の隣に貴方が真似して顔を寝かせた。
 
「なんでもないよ」
 
世界は貴方一色で
貴方しか見えないわ、ヨリ
 
「嘘つき」
話しかけられる度涙が溢れてしまうから、
心配かけてる。
 
「俺じゃ足りない?」
そんな訳ない、
貴方じゃないと意味がない人生だった。
 
「ううん、幸せ」
瞳を合わせて、できるだけ甘く
できるだけ愛を込めて答えよう。
 
そしたらきっと
「スウ」
 
貴方も返してくれるのを知ってるから
「愛してる」
 
 
手を握られるともう、痛くて仕方ない指先と
体内に細く細く蔦が絡まり動かない身体。
 
なのに私は
「私も愛してる」
なんでもない顔をして愛を伝えるの

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